20191014

 台風が過ぎて、過ぎていないものもあって、もっともっと前から未だに渦中のものもある。遅い遅い!と喚きながら、私はそのあいだ何を?などと思い。口に出しても仕方ないほうのネガティブなお気持ちの話になってしまうのでやめる。家が揺れるほどの大きな風は夏の気配を攫っていったみたいだ。今年は夏と秋のあいだに「夏の終わり」というひとつの季節があった。

 SONGSでスピッツを見ている。「いつか常識的な形を失ったら」ってところ好きだな。音楽を聴いては言葉ばっかり体に取り込んで死にそうになり、それについて話したがってしまう自分がときどき鬱陶しい。うるせーって思う。土岐麻子のこと、書ける?

 

 全感覚祭に入れたり入れなかったりしたみんな、昨夜はどうだった?どこに行って何を見た?何に対して何を思った?気になる。教えてくれ~これは私の質問箱→教えて

 私は入れなかった。でも楽しかった。クラバーの友達もたくさん来ていたね。早めに来たり頑張って長いこと並んで入れた人も、諦めて別のパーティーに行った人も、路上で喋り続けた人も、皆たくましく夜を遊んでいてよかった。

 今回の渋谷開催に関してだけいえば、場所、時間帯、ジャンル、値段など様々な要素がちぐはぐになってしまっていたから混乱?が生まれたんだろうなと思った。どれかひとつがどう、というわけではない。普段私が楽しくパーティーで遊べているのはたくさんの人が自主的に楽しくあろうとしているからなんだなってね、改めて思うよね。クラブと生活イントロ文かな????

 「クラブと生活の…」って友達が友達に私を(なんかリズムがすごい)紹介してくれることは結構あって、「クラブと生活の犬ではなく隠居のほうです(なんだそれは)」と言うんだけど、「クラブと生活の…」という紹介でふたりがその場に揃っていることってレアな気がする。レアって言っときながら我々にレア感がなさすぎて今笑ってます。

 話は戻って、フェスに入れなかった事実があった今だから言うと、bachoが見たかった。並びたくない気持ちが勝ってしまったので、またタイミングがあればいいな~と思っている。これはbachoだったからではない。たとえあれが「ザックのいるRATMを最前列で快適に大暴れしながら見れる待機列」であったとしても並ばなかったと思うくらいには並ぶのが大嫌いだし、行列が長すぎた。

 bachoを見たい気持ちのときにライブがあり、対バンも見たいアーティストばかりで、という状況があんまりない。そういう意味で全感覚祭はタイミングが揃っていたんだけどね。昔から対バンに納得していないとライブに行けない。楽しそうじゃない客としてその場に存在していたくもないから。台風のあと、生き延びた私でbachoを目撃していたら。生き延びた人間と生き延びた土地だから地面に座り込んで喋れるのだ。

 東間屋も俺たちのトークイベント(とは?)も、フェスから楽しむものが変わっただけで大満足の夜。生身の人間とモリモリ会話したの久しぶりで嬉しかったな~~~!フェスに入れなかった、いつも夜遊びをしない人たちはどうだっただろうか。考えることはあったから引き続きやっていく。

 あと全然関係ないけどノートPCに詳しい人、文章を書いてネットサーフィンして画像をちょっといじるのにいい感じのPCがあったら教えてください。頼みます。